志太榛原地域支部

弔辞 柳原克彦 様より

    弔 辞 柳原 克彦    校友会県支部長                    (工事中)

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         弔 辞

 

本日ここに、元明治大学校友会本部副会長、
故江﨑友次郎氏のご霊前に、謹んでお別れの言葉を申し上げます。
大先輩の江﨑友次郎様、あなたの突然の訃報に接し、言いようのない
驚きと悲しみ中で、あなたとこの世で再びお目にかかれない事実を自分に言い聞かせる時、運命のあまりの厳しさに言葉もない思いです。

あなたの霊前に立ち弔辞を申し上げることなど想像もしていませんでし
たので、何を申し上げてよいかわからない状態です。

  江﨑先輩は、静岡県内はもとより、藤枝市において、多数の公職に
つかれ、
広く地域社会、公共のためにご活躍されてまいりました。

私は、明治大学校友会の発展のためにご尽力頂きましたことにつき
お礼を申し上げたいと思います。

二、三年前から江﨑先輩とお会いする度に、お身体の方は、いかがです
かとお尋ねすることが多かったように思います。その時には、いつも
「いいですよ。無理はしていない
し、藤枝市内ぐらいしか出掛けませんから」とよく言っておられました。

まだまだお元気に頑張って下さるものと思っておりました。

それが、四月六日早朝、静岡新聞を読んでいると、突然「江﨑友次郎氏
の訃報」の記事が目に飛び込んできました。びっくりして、一瞬間違い
ではないかと思いました。

最近、会合に出てこられないことが多いようでしたので心配しておりま
したが、まさかこんなに早くお亡くなりになるとは思ってもおりません
でした。

確か、最後にお会いしたのは、約一年前の令和元年七月十三日、第十四
回 明治大学、早稲田大学交流会の時であったように思います。

思い起こせば、江﨑先輩に初めてお会いしましたのは、平成五年十一月
十九日、明治大学OB志太榛原地区校友会設立準備委員会、第2回委員
会の席上でありました。

志太榛原地域には、かって明治大学校友会組織がありましたが、諸般の
事情で自然消滅し、永らく空白地帯になっておりました。この状況を憂
いた江﨑先輩が、校友有志に呼びかけて、「志太榛原支部」設立に向け
て設立準備委員会を立ち上げて下さいました。
私や大畑君も榛南地区から参画することになりました。

そして、平成六年一月二十三日、校友七十八名が出席して、藤枝市
「小杉苑」にて設立総会が開催され、ここに念願の新支部「明治大学
校友会志太榛原支部」が誕生いたしました。

これも、偏に江﨑友次郎氏のご尽力の賜物でありました。江﨑先輩が
おられなければ、「志太榛原支部」の設立もなかったと思います。
以来、毎年支部総会を開催して、支部の発展と校友同志の親睦を深めて
参りました。ありがとうございました。

この「志太榛原支部」は、平成十五年二月二十三日の臨時代議員総会に
おいて「校友会組織改革」によって、「志太榛原地域支部」に変更に
なり、現在に至っております。

江﨑先輩には、平成六年の設立総会から平成十二年度まで志太榛原支部
支部長として、また平成十三年度から平成十六年度まで静岡県支部支部
長として、また平成十五年八月から平成十九年七月まで校友会本部副会長
として、そして、最近では、静岡県支部顧問、並びに志太榛原地域支部
名誉支部長として明治大学校友会の発展にご尽力下さいまし
た。

この間、明治大学の事業への参加、また校友会における全国大会への参加、
全国県単位での総会への参加、そして本部役員会並びに県支部長・幹事長
合同会議等への出席と大変な労力を校友会のために注いで下さいました。

また、明治大学創立百二十周年記念事業として、すでに銘板に江﨑先輩の
名前も記載されておりますが、駿河台・リバティタワーの建設への多額の
募金協力もされております。

あらゆる面で、母校明治大学への支援、協力と、並びに明治大学校友会
の発展にご尽力下さいました。ここに改めて厚くお礼申し上げます。

また、江﨑先輩は、以前から明治大学マンドリン倶楽部演奏会を愛好して
おられました。平成七年、支部設立まもない時でしたが、何としても
明治大学マンドリン倶楽部の演奏会を志太榛原地区で開催したいとの
情熱から早速、演奏会の準備を始めました。

そして、平成八年藤枝市民会館ホールで第一回明治大学マンドリン倶楽部
演奏会を開催させることが出来ました。この演奏会は、江﨑先輩なくし
ては、絶対に出来なかったと思います。

以来、約三年に一度の開催予定で、六回程開催してまいりました。

最後の第六回目の平成三十年開催の時は、再び藤枝市民会館ホールでの
昼・夜二回の公演でありました。

この時もあらゆる面での江﨑先輩の人脈を生かしたご尽力により大盛況
の公演でありました。

これからのマンドリン倶楽部の演奏会のことを考えますと、江﨑先輩の
姿のない演奏会は寂しくなります。

しかし、この演奏会の開催を待ち望んでいる地域の皆さんのことを思い、
また明治大学マンドリン倶楽部の演奏会に心血を注いでこられた江﨑先輩
の思いを胸に、残された我われ後輩は、江﨑先輩の意志を引き継いで行く
つもりでおりますのでご安心下さい。

また、平成二十六年、支部設立二十周年記念事業として、小冊子「志太
榛原地域支部 二十年のあゆみ」を刊行いたしましたが、これまた江﨑
先輩から、いろいろな資料、写真等のご提供とアドバイスをいただきな
がら、ようやく刊行することが出来ました。
 

数え上げれば、限もありませんが、今更ながら志太榛原地域支部にとって
江﨑先輩は、無くてはならない人であることを痛感しておる所であります。
誠に残念でなりません。

江﨑先輩の急逝は今もって実感となりません。余りに、はかない人生の
無常を嘆かざるを得ません。

再び江﨑先輩と相見えることは叶いませんが、あなたが多年にわたり明治
大学校友会の発展と地域社会、公共のために尽くされた大きな功績は、
長く不滅なものであります。
 

申し上げれば限もなく、惜別の情は尽きませんが、今はただ、江﨑先輩
のご冥福をお祈りするばかりであります。

江﨑先輩、江﨑友次郎様、どうか安らかにお眠り下さい。

 

令和二年七月二十三日

明治大学校友会 静岡県支部 

    支部長 栁 原 克 彦
     (やなぎはらかずお)

* お断り:オリジナル原稿は縦書きの毛筆書体で書かれておりますが、編集者の勝手で横書き文にで掲載させて戴きました。ご了承ください。

 

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